2010年5月2日日曜日

木曽檜を訪ねて


 25日から中部地方の旅に出ていました。目的は南木曽の勝野木材を訪問して、森林ビルダーパネルの生産の可能性があるかどうかということだった。朝からあいにくの雨模様、長野県の最南端、中津川の上部に位置する南木曽町まで約100kmということで、宿泊していた平山ゲストハウスから2時間以内で十分に行ける行程だった。この先の木曽福島には年に4五回は来ることがあるので、非常に親しみを持っている。愛知の実家も隣の付地というところのヒノキ材と大工さんによって20年ほど前に新築された。
 さて、木曽檜というブランドもいわゆる200年モノ、300年モノは稀有だそうで、伊勢神宮の遷宮用の資材の調達も大苦戦だということで、結局全国から集めざるを得ない状況だとか、戦国、江戸時代にかけての築城や大型神殿等の建立が乱伐を招き、資産の枯渇を生んだそうだ。今、近隣に生えているのはその子供であり、100年にも満たないもので、その切られた年輪を比較してもその密度には歴然とした差がある。と言ってもまだ植林された木曽檜は他県のモノと比較すれば圧倒的に強度の基準が高いようだ。
 訪れた勝野木材は日に500本の檜の製材を行い、年間二〇〇〇〇〇本の処理を行い、木祖村の栗屋村長さんの話によると、県下では檜の生産量NO.1を誇っているそうだ。二代目の社長が約、2時間設備や在庫を見せていただきながら説明を頂いた。木に関わる仕事をしている者の共通の願いは木による循環型の消費社会を造り、環境保全、温暖化防止に貢献すること。ビルダーパネルも材料の価格の低迷により、すぐには難しいが、これだけの処理量があるから、機会を観て考えましょうということで、話は終わったが、それで十分。
 今、長野県のこの地域は行政の指導で「唐松」の植林が行われたものが収穫の時期に入り、それを商品化する活動が行われて、勝野さんでは、かなり製品化に自信を持っておられるようだ。反りや曲がりが大きい素材の特徴に逆らわず、使いやすく処理する方法は「自然素材」と付き合う原点な筈である。出来れば、お手伝いをしたいと考えている。
 寒川神社の材料も勝野さんから供給されたモノであり、ご紹介いただいた栗屋村長さんは伊藤阿耶雄さんの御親戚、日常の活動域にこの「縁」もあった。

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